2010年5月21日金曜日

礼拝所不敬罪

篠山紀信氏:墓地ヌード撮影 礼拝所不敬などで略式起訴(毎日新聞)

例の「墓地ヌード撮影」で話題となった篠山紀信さんが「礼拝所不敬罪」で略式起訴されました。
(礼拝所不敬及び説教等妨害)
第188条 神祠、仏堂、墓所その他の礼拝所に対し、公然と不敬な行為をした者は、6月以下の懲役若しくは禁錮又は10万円以下の罰金に処する。
あまり聞きなれない法律ですが、刑法第188条1項に規定されています。「他家に対する悪感情の発露としてその家の墓所に放尿するような仕種をした事例(東京高裁・昭和27年)や、深夜に共同墓地の墓碑を押し倒した事例(最高裁・昭和43年)など(西野神社 社務日誌「刑法 第188条」)」に適用例があるそうですが、中々のレアケースみたいです。

この事件に関して、篠山さんはご自身の(公式サイト)にて「一連の捜査報道は、表現の萎縮効果を生みかねない。一度壊されてしまうとこの自由は、修復にとてつもない時間とエネルギーを要する。」とのコメントをされています。う~ん、的外れというか何というか。今回の事件は、表現物である写真のわいせつ性を問題にしているのではなく、それを制作するまでの行為が社会的法益を侵害しているから、罰せられることになったわけです。結果として表現の自由を制約することになったとしても、それはまた別の問題です。

コメントを拝読するかぎり、この点についてはご理解されているようですが、それでも尚こういった発言をされるということは、同サイトで「『20XX TOKYO』は写真作品として東京を表現する為の創造の発露であり、この純粋な創作”行為”は何者も止める事は出来ない」(ダブルクオーテーションは私が挿入しました)と仰っていることからも伺えるとおり、表現の自由を何ら制約の及ばない無制限な権利と勘違いされているのでしょう。

ただ、公然わいせつ性については相当の配慮をされていたようです。その点を考えると、公然わいせつでの起訴は同情に値すると思います。しかし、「礼拝所不敬罪」での起訴は当然と言わざるを得ません。同サイトで「街中で無防備に裸でいることはいけないことなど誰が考えても常識でわかる」と仰っていますが、墓地でのヌード撮影が常識に悖る、社会通念上許されない行為であろうことには考えが至らなかったのでしょうか。私は宗教的な関心が強い方ではありませんが、強い不快感を覚えました。


また、今朝の報道番組「やじうまプラス」にて、吉永みち子さんが「礼拝所への敬意は私たちの心の中にあるものであり、それを法律で規制することには”こわさ”を感じる」といった趣旨の発言をされていました。これまた的外れで、「心」ではなく「行為」を処罰対象としているんですから、思想そのものを規制するような立法意図は伺えません。朝日だから、不敬罪に反応したのかな。


文化人の方々が「表現の自由」を守ろうとされる気持ちも分かりますし、そういった言動は、民主主義の観点から不可欠なものです。しかし、表現の自由は無制限な権利ではないということをご理解いただきたいと強く思います。

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